早朝のグラウンドで

 

「起きろよ、若島津。」

耳の中に低くて心地よい声が入ってくる。もっと聞いていたくて開けようとした瞳を慌てて閉じた。

「おい。」

軽く肩を揺すられる。まだ声を聞いていたいけれど、渋々重い瞳をゆっくりと開けた。視界いっぱいに日向の顔。あまりの近さに驚いてしまう。

「な、なんだよ。ひゅうが。まだ朝練までに時間があるだろ?」

驚きのために声が震えたのを気付かれたくなくて、いつもよりぶっきらぼうに答えてしまった。そして慌てて周囲を見回す。

 

東邦学園高等部は金持ち学園だけあって、贅沢すぎる寮を持っている。

だけど、1年の1学期だけは3〜4人部屋。その後は2人部屋となる。

日向と若島津の部屋にはもう1人いて、中等部からいつもツルんでいる反町だ。

気の張らない3人の寮生活が、少しずつ変わろうとしていた。

 

日向を見ると、彼は既に学生服に着替えてしまっている。眠い目をこすり、枕もとの時計に目をやるとまだ5時を過ぎたところ。

普段から早起きの彼だけど、いくらなんでも早すぎだ。

「グラウンドに行くぞ。付き合えよ。」

それだけ言って、振り返りもせずさっさと部屋を出て行ってしまう。

「ちょっと待てよ。」

自分も慌てて制服に着替えながら、まだ幸せそうに眠っている反町を起さないように日向の背中を追いかけた。

 

 

 

「日向、歩くの、速すぎだって。」

ゴールポストの側で日向は歩みを止めた。そこは普段練習で使っているサッカー部専用のグラウンドではなくて、体育の授業で使うグラウンド、というより運動場だった。

こんな朝早く、学校の運動場に来る奴なんて1人もいない。多分授業が始まるまで誰も来ないだろう。

ようやく追いついた若島津は少し息を乱しながらゴールポストに身体を預けた。かなりの距離を小走りで移動したためにうっすらと汗が滲んでくる。あまりの熱さに学生服の前を広げ、風を入れた。

その指の動きを日向はじっと見つめていた。

「こうでもしなきゃ、お前に触れない。」

そう言ったかと思うと日向は若島津を強く抱きしめる。

その抱擁は日向のギリギリの気持ちを表しているようで切羽詰ったものだ。遠慮なく締め付けてくる腕に胸が苦しくなってきたのは、何故なんだろう。

「せっかくお前とコイビトになれたのに、反町と3人部屋じゃ手さえ握れない。俺は少しでもお前と近くに居たいのに、お前ときたら俺のそんな気持ちに全然気づかねえで・・・」

きつく抱きしめたまま苦しそうに日向はそう告げた。

高等部に入ってからお互いの気持ちを知り、人目を忍んではキスを交わしていた。自分はそれだけで充分に満たされていて、日向の気持ちに気づかなかった。

「お・・・おれ、ごめん。日向がそんなこと考えてるなんて知らなくって・・・」

「・・・キスしたい」

慌てて謝る若島津にそっと気持ちを伝えてみた。

触れたい。くちづけたい。そして、もっと深くなりたい。

朝日が眩しい運動場で、それもゴールポストの前でキスをするのは神聖すぎてすごく勇気がいる。

でも、今はまっすぐに自分を想ってくれている日向に応えたい気持ちと、そしてなにより自分が日向に触れたかった。

「いいよ。」

顔を赤らめ、若島津はそう言うと目をぎゅっと瞑っている。

日向はその頬を愛しそうにそっと撫ぜ、しかし唇は開かれた胸へと落とされた。

「日向!」

驚いて抗議の声をあげたが、日向はかまわずに強く吸い、赤い跡を残した。

「俺はもっともっとお前に触れたい。きっとお前はそんなこと考えてねえと思うけど。お前も触れたいと思えるくらいのいい男になるからな。」

それだけ言うと日向はサッカー部専用のグラウンドに向かって走って行った。

 

 

時計を見ると、もう少しで朝練が始まる。

視線を落とすと胸に赤い跡があることに気づき、慌ててシャツのボタンを留めた。

 

日向は今のまんまでも充分いい男すぎるよ。

 

日向と深くなれる日はそう遠くないかもしれない。